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冬の神戸 Part.1 (2月9日)

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 今年も2月恒例となった神戸2泊3日の小旅行へ、次女と3人で出かけました。初日の宿は憧れの「ラ・スイート神戸ハーバーランド」、2泊目は「オリエンタルホテル」です。二人とも2月生まれの私たちの誕生祝いでもあります。
 マイカーで出かける予定が、前日から山陽・近畿方面に雪が降り、中国道の一部と阪神高速が通行止めとなったため、急遽、「ス-パーはくと」に変更して出発というアクシデント発生。
 鳥取は積雪が無いのに、珍しいことである。それに、我々から見れば大した雪ではないのに、山陽方面では大雪と大騒ぎだった。
 嬉しいことに、神戸の街は晴天で迎えてくれた。午前中は、灘の酒蔵「白鶴」・「浜福鶴」を訪問した。
 昼前に、京都から長女と孫娘が日帰りで合流。孫娘は、この春から大学生となる。その合格祝いを兼ねて、昼食は開店したばかりの「アンリー居留地店」へ。
 それから久しぶりのハーバーランド付近を散策。アンパンマンミュージアムやウミエなど、新しい建物ができていた。夕食の「健民ダイニング」で歓談後、長女・孫娘は帰宅。我々三人は、ホテル「ラ・スイート」で、神戸港の夜景を楽しんだ。
 
 

久松山登山 (1月29日)

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 朝から素晴らしい晴天の日となった。午後になって、正月太り解消のため、久松山へ登ってこようかと二人で歩いて出発。
 円護寺隧道の北園側から十神林道へ入り、途中の登山口から久松山頂を目指した。
 登りの途中の分かれ道で、十神砦へ寄り道。砦跡で砂丘方向を見ると、我が家の屋根がはっきりと確認できた。
 家を出発してから約1時間半後、久松山頂に到着。少し汗ばんだ程度で心地よい。雲ひとつない青空だが、残念ながら景色は霞んでおり、大山は見えなかった。山頂では、数人の人と出合った。
 帰りは、久しぶりに正面登山道を下り、二の丸方向を目指すことにした。
 この道は、急傾斜で膝への負担が大きいため、ゆっくりと歩く。速足の人に追い抜いてもらいながら、さすがに歳を感じる。鳥西高時代には、昼休憩の50分のうちに、弁当を食べてから出発して山頂まで駆け足で往復したものだと、家内へ昔話が出てしまう。
 下山後、県立博物館付属の喫茶で、ケーキセットで珈琲タイム。今日の消費と摂取カロリーは、プラス・マイナス???

グリューワイン飲み歩き (ドイツ旅行その13)

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 クリスマス前の4週間、ドイツの各都市で開かれるクリスマスマーケット。滞在8日間の駆け足で、楽しく観て、食べて、飲んで周りました。中世の都市の景色、名物ソーセージなどの旨い食べ物に大喜び。冬のドイツを満喫できました。
 特筆は、「グリューワイン」と呼ばれる、赤ワインに各店独特のスパイスを加えたあつあつの飲み物。寒い屋外で、芯から身体が温まる。各マーケットで、いったい何種類・何杯飲んだことだろう。グリューワインの料金には、ワインカップ代が含まれており、1杯5~8ユーロ。カップを返せば2~5ユーロのデポジット金を返してくれる仕組みだ。
 しかし、憎いことにこのカップ(容量200ml)が素敵なのだ。コレクションをしている人が多いと旅行誌にあったが、我々も代表的なカップの一部を、荷物の重さに耐えて持ち帰った。
 今回のドイツ旅行は、旅のテーマがはっきりとしており、かつ、観たい・行きたいところを重点にできる「わがまま旅行」と言え、計画作成の労力や旅行中の諸リスクにも代えがたい、個人旅行の醍醐味があった。
 ようやくこれから、スライドショーの作成作業にとりかかる。後始末には疲れるな~。

ケルンのクリスマスマーケット (ドイツ旅行その12)

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 ケルンで開かれているクリスマスマーケットのうち、夜の2日間で、三カ所の有名なマーケットを訪ねました。それぞれのマーケットごとに、テーマを異にしており特徴があるので、十分に楽しめました。
 まず、大聖堂前のマーケット。大聖堂をバックにロマンチックで華やかなマーケットでした。
 次に、ノイマルクト広場のマーケット。天使のマーケットと呼ばれ、白色の照明を基調とした、すがすがしい感じの落ち着いた雰囲気に、非常に好感が持てました。
 三ケ所目は、旧市街・アルターマルクト広場のオールドタウンマーケット。ケルンには小人がいたという伝説をもとに、小人たちが迎えてくれるというファンタジックな雰囲気で、特設のスケートリンクもあり、若者に人気があると思えました。
 

ケルン大聖堂 (ドイツ旅行その11)

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 旅の最終地ケルンには2泊した。ケルンは、ライン川の中流に位置し、ローマ時代からの古い歴史を誇る文化都市として有名。大都市である。
 「オーデコロン」とは、フランス語で「ケルンの水」という意味の香水のことで、1709年にこの街で初めて製造・販売されたそうである。
 中央駅を出ると駅前広場に隣接した目前に、どでかい大聖堂がそびえ立っている。凄い迫力、圧巻であった。
 ケルン大聖堂は、世界最大のゴシック様式の建築物で、当然ながら世界遺産に指定されている。あまり大きいので、全体像が私のカメラには収まりきらなかった。内部のステンドグラスも、とても綺麗。
 隣接する宝物館は、入場時には二重のガラス扉に守られている中を二人ずつ順に通るというように、警備が厳重なだけあって、宝石・貴金属・芸術品などの財宝の山でした。
 宿泊したホテルは、大聖堂と道を挟んだ向かい側の好立地にあり、部屋の窓からの眺めは最高でした。

ドイツの西端・アーヘン (ドイツ旅行その10)

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 ケルンから半日の日帰りで、アーヘンに行ってきた。アーヘンの街は、国境を接するベルギー・オランダの文化の影響を受けているといわれる。
 市庁舎と広場を接した向かい側に、大聖堂がそびえている。ローマの帝冠を受けたカール大帝が、礼拝堂として9世紀初頭に建てさせたもの。宝物館には、カール大帝とその帝国の栄光の品々があふれていた。
 ガイドツアーに参加して大聖堂の中を回った。日本語ツアーの時刻には我々の日程があわず、ドイツ語の中に加わったので、説明内容は意味不明だった。しかし、ツアー客は、一般入場では入れない場所にも案内してもらえる利点があった。
 さすがに世界遺産の大聖堂、規模と美しさには圧倒された。駆け足ではあったが、日程に入れてよかった。
 広場のクリスマスマーケットは、午前だったので、まだ人出は少なく静かであった。

マインツでシャガールのステンドグラス (ドイツ旅行その9)

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 ニュルンベルグからフランクフルトまでICE(新幹線)に乗り、その後はSB(一般鉄道)を利用してマインツへ到着。
 マインツは、ライン川・マイン川の合流点にあって水運に恵まれ、ローマ時代に起源を持つ古くから栄えた商工業都市。サッカー日本代表メンバーの岡崎選手の、所属チームがある街でおなじみだ。
 活版印刷の発明者ヨハネス・グーテンベルクの出身地としても有名で、グーテンベルク博物館があり見学した。
 キルシュガルテンは、中世の建築様式による木骨組みの家のショップやカフェが軒を連ね、とても綺麗な景観が楽しめた。
 マインツを訪れた最大の目的は、ザンクト・シュテファン教会。1978~1985年にかけて、シャガールが教会のステンドグラスを制作し、彼の晩年の作品の一つとして有名であるとのこと。
 ステンドグラスは決して華美ではなく、シャガール独特のブルーの光が、さわやか・神秘的であり、心落ち着く気がした。

古城がそびえるニュルンベルグ (ドイツ旅行その8)

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 ニュルンベルグは、全長5kmの城壁に囲まれた神聖ローマ帝国の城塞都市。旧市街の街並みは、今なお中世のままの姿をとどめているバイエルン州第2の都市ということである。第二次世界大戦後、ナチス戦犯に対する「ニュルンベルグ裁判」が開かれた歴史を持つ。
 1000年前に築城されたカイザーブルク城やローレンツ教会・聖母教会、そして「おもちゃ博物館」などを見てまわり、休憩時には、この街の名物「ブラートヴルスト」(香ばしい焼ソーセージ)を肴にピルスナービールも味見した。
 ニュルンベルグのクリスマス市はドイツで最も有名と言われているとおり、伝統と郷土色豊かな魅力あるものでした。

素晴らしい街 ローテンブルク (ドイツ旅行その7)

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 ロマンティック街道のハイライトといわれるローテンブルク。城壁の中に中世の街並みが残る素敵な街だ。
 小さな街だが、綺麗な街並みに加え、城壁巡りや「中世犯罪博物館」など見どころも多く、食べ物も旨い。ネットのブログで知った、街はずれの評判の居酒屋での夕食は、期待通りだった。
 宿泊したホテルは、部屋のつくり・インテリアともに素晴らしいうえに、人気のマダムの心遣いはさすがであり、1泊だけではもったいないと思った。
 この街を救ったヌッシュ元市長の、現在も市民に愛されているマイスタートルンク伝説がある。三十年戦争の時、陥落したローテンブルクの市庁舎に乗りこんできた敵のティリー将軍が、宴席で「特大ジョキ(3.25ℓ)のワインを一気に飲み干す者がいたら、市参事の首切り刑と街を焼き払うのを取りやめる」と言い出した。受けて立ったヌッシュ市長が一気に飲み干し、参事の命と街を救ったというもの。その後3日間昏睡状態だったそうだ。
 

ノイシュヴァンシュタイン城 & ヴィース教会 (ドイツ旅行その6)

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 ロマンティック街道の南端にそびえ立つ憧れのノイシュヴァンシュタイン城。オーストリアとの国境に近いこの地へ、アウクスブルクから日帰りしました。
 バイエルン王ルートヴィヒ2世が、「物語に登場するような美しい城」を夢見て、莫大な国費をつぎ込み造り始めたが、完成を見ることなく謎の死を遂げたとされる。東京ディズニーランドの城のモデルになったと聞きます。
 鉄道駅・フュッセンからタクシーで山麓まで行き、馬車に乗って城へと予定していたが、馬車乗り場は大変な行列。
 やむなく歩いて雪道を登ることに。この日のために防寒用のブーツを新調・着用してきたのが役立った。
 噂どおりの白亜の美しい城を見学後、麓まで歩いて下り、予約しておいたタクシーで、少し離れた場所の牧草地の丘の上にポツンと建つ「ヴィース教会」を訪ねた。
 地元の農夫が持っていたキリスト像が、突然涙を流し始めたという奇跡をもとに、訪れる巡礼者のために建てられた教会とのことである。教会のフレスコ天井画は、見事なものであった。

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