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テナーサックスの音色 (11月14日)

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 懐かしいサム・テーラーのテナーサックスによる昭和の歌謡曲が、我が家の居間で鳴り響いています。CD全集11巻の発売案内につられ発注した品が、本日到着しました。いずれもよく知っている曲が続きます。
 昭和30~40年代にかけての米子営業所勤務時代、毎年、暮れに近い今の季節は、就業時間後に私たち青年部の主催で、社交ダンスのレッスンに励んでいました。ブルース・クイック・ワルツ・ジルバ・ルンバ・マンボ・チャチャチャ・ドドンパ、そして一番の難関がタンゴ。
 クリスマス時分には、事業所の3Fホールを借りて、大ダンスパーティを開催するのが恒例でした。時には、他企業のパーティへの交流遠征も実行。
 私も、例年秋頃になると、にわか結成の「中電米子スパーク楽団」のメンバーに加わり、クラシックギターと慣れないハワイアンギターをかけもちで伴奏に大汗を流したものです。演奏休憩時のレコード音楽が流される時間帯を待ちかねて、踊りの中へ飛び込んでいました。
 サックスの音とともに、遠い昔の青春の一ページがよみがえってきます。

90才の誕生日 (11月13日)

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 今日は、恒例としている義父母の訪問日で、二人で米子へ出かけた。義母の90才の誕生日にあたるので、米子への途上で、家内が予約しておいた誕生祝いのケーキを持参。
 義母が倒れてベッドでの生活になって7年以上が経過、認知症も格段に進み、定例に訪ねていても家内の顔もわからないことが多くなった。
 義弟夫婦の肝いりで、義父を交え、市内の食堂でささやかな誕生祝いの昼食会をした。有難いことに入所している施設の職員さんが、車いすの義母の送迎をしてくださった。
 食事の途中、なんと、義母の記憶のスイッチがつながったらしく、一瞬ではあるが、私たちに今日はありがとうと笑顔をみせてくれた。
 夕方、鳥取に帰着後の家内と義弟の電話では、義弟が母に「今日は鳥取から来てくれてよかったね」と言ったら、「忘れた」の応えだったとのことで大笑い。
 岡野雄一さんの漫画「ペコロスの母に会いに行く」を地で行っているように思えます。生きていくことの大切さ・厳しさが身に沁みます。